高鍋町史第七編 第一章

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  • 第七編 教育と文化
     第一章 学校教育
      第一節 明治期の教育
       一 学制頒布と小学設置
        学校教育の夜明け 高鍋小学規則 高鍋・上江の
        小学誕生 正訓導第一号池上斉治 西南戦争と学校
       二 晩翠学舎
        創立のいきさつ 晩翠学舎の教育 学舎の推移
        学舎を閉じる 同窓の人々
       三 高鍋学校
        中学教育の事始め 県立分校運動実らず 学校の生活
        勉学の気風 種樹と作文集
       四 高鍋・上江両小学校の独立
        簡易科小学のこと 教育勅語と御実影
        島田・上江両小学校の合併 高鍋・上江二校の独立
        教育整備を競う
       五 中等学校の設立
        郡立農業学校の開校 高鍋実科高等女学校の創立
        実業補習学校を置く
      第二節 大正期の教育
       一 小学教育の展開
        県下に先がけ奉安殿完成 林間学校と地区学芸会
        尾鈴・上面木登山 校舎の増築 報国少年団の結成
       二 実業教育の発展
        郡立農業学校の県立移管 斎角(さいかく)精神
        実業補習学校の普及
       三 高鍋中学校の設立
        県立中学校誘致運動 私立高鍋中学校の開校
        学校整備の概要
       四 高鍋実科高女の発展
        校舎の新設補習科設置と寄宿舎組織変更と
        県立移管運動
       五 高鍋幼稚園の誕生
        設立運動から開園まで
       六 青年訓練所の設置
        高鍋・上江青年訓練所設置
      第三節 戦時体制下の教育
       一 昭和初期の学校
        青い目の人形 郷土教育研究会 学校施設の整備
       二 青年学校の開校
        青年訓練所から青年学校へ 青年学校合併と義務制
        戦時下の青年学校
       三 小学校から国民学校へ
        サクラ読本国民学校の誕生
       四 祖国振興隊
        祖国振興隊の結成 祖国振興隊の活動
       五 疎開教育と勤労動員
        沖縄からの学童疎開 分散教室 青少年学徒勤労動員
      第四節 戦後の教育改革
       一 終戦と学校教育
        終戦直後の学校 占領下の教育
       二 米国教育使節団の勧告
        米国教育使節団の報告書 教育基本法と学校教育法
        学習指導要領と教科書
       三 六・三制の発足
        新制小中学校の誕生 新制高等学校の開校
        高鍋農業高校の独立
       四 教育行政の改革
        教育委員会の発足 教育委員の任命制
      第五節 新教育の整備と発展
       一 就学前の教育
        高鍋幼稚園の再出発 二つの幼稚園 誕生保育園の設立
       二 新設の諸学校
        南九州大学の開学 宮崎県農業大学校 職業訓練校
        児湯准看護学校
       三 町内教育の整備と発展
        校舎等施設の整備 学習指導の改善 特殊教育の発展
        学校給食の歩み 高等教育の発展 育英制度の歩み
        明日の教育を目指して
       四 各学校の沿革
        高鍋東小学校 高鍋西小学校 高鍋束中学校
        高鍋西中学校 宮崎県立高鍋中学校
        宮崎県立高鍋高等女学校 宮崎県立高鍋高等学校
        宮崎県立高鍋農業高等学校 宮崎県農業大学校
        宮崎県立高鍋高等職業訓練校 東児湯高等職業訓練校
        児湯准看護学校 南九州大学

    高鍋町史 第七編(1)